アイマリンプロジェクト
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第5話 ロールプレイング

「ようこそ、ここは《はじまりの村ゲルト》仲間を探すなら酒場だぜ!」

街の入り口を通ろうとすると、入り口に立っていた男が突然話しかけてきたので、カイトは心臓がきゅっとなるほど驚いた。
《水晶宮》を脱出したカイト、アイマリン、イサナの三人はいくつもの扉を経由して移動した。
今まで行ったことのない地方らしく、景色はまるでカイトと馴染みがないものだった。といっても、カイトが記憶している景色など《主都》と《水晶宮》、そしてその間の道行きで見かけた場所くらいだったのだが。
不思議な場所だった。建物は少なく、小さく、石を積み重ねて出来ている。その上……この「村」の入り口にやってきた途端、道端の男が話しかけてきたのである。

「ありがとう、酒場の場所を教えて?」

カイトは驚きで硬直していた。イサナは驚いた様子もなく男と話している。男から「酒場」の場所を聞き出すと、イサナはこちらを振り返った。

「《ELEUSIA》が構築された時、いくつもの仮想環境を無理矢理統合して作られたんです。だから、こういう風に全然違うアセットも含まれています。ここは、元々『RPG』……アミューズメント向けの空間だったようです」
「なるほど……つまり、どういうことだ?」

イサナの言うことはさっぱり分からなかったのでそう聞いたがその返答はイサナを呆れさせたらしい。

「カイトさんは、このあたりはこういう感じなんだって納得しといてください……。さあ、酒場に行きますよ」

「酒場」とやらは、《水晶宮》にあった《スナッパーの店》に似ていた。比べると随分と小さかったが。奥の方では見たこともない楽器を奏でている男がいる。
しげしげと見ていたらイサナが教えてくれた。

挿絵

「あれは吟遊詩人ですね」
「へえ、見たことのない楽器だ」
「あの楽器はリュートっていうの。綺麗な音だよね」

そう言いながら吟遊詩人の方へ歩いていこうとするアイマリンをイサナが止めた。

「アイマリンさん、音楽は後です。まずはこれからのことを話しましょう」

《水晶宮》を出てから、慌ただしくここまでやってきたので落ち着いて話す時間がなかったのだ。三人がテーブルについて温かい飲み物を頼むと、イサナは話しはじめた。

「私たちは、今、オルカお兄ちゃんにもらったアドレスの場所へ向かっています。実は《EDEN社》の中に私たちの協力者がいました。彼からの情報にあったのがこの場所です」
「……何があるんだ?」
「分かりません。彼はそれを教える前に連絡を絶ちました」

嫌な沈黙がテーブルに流れる。カイトはそれを断ちきるように言葉を継いだ。

「どうして今までそこに行かなかった?」
「このアドレスが示すのは、この地方の最奥にあるという《遺跡》です。……そこに向かうにはかなりの危険が想定されます。そしてその途中、通らなくてはいけないのが《ダンジョン》なんです。ですから、十分に準備をしてから行く予定だとお兄ちゃんは話していました」
「だんじょん……?」
「この村から先に広がる地方……『RPGアセット』には危険なモンスターが溢れています。本来はそれを倒しながら少しずつ強い武器を手に入れ、だんだんと奥に進んでいく、という仕組みだったようです」
「武器?」
「ああいうのですね」

イサナが示したのは酒場の壁に飾られた剣だった。ひどく古風なそれに似たものを、そういえば《自由機甲楽団》でも使っていたのを思い出す。

「あとは仲間ですね。仲間を探すなら酒場だって言ってましたよね? 本来なら、強い仲間を集めるということも出来たみたいなんです。モンスターを仲間にすることも出来たとか」
「強い武器と仲間を増やして、だんだん奥に進んでいくってことか。ちょっと面白そうだな」
「そういう遊びだったんです。しかし残念ですが、《ELEUSIA》に統合された際、そのシステムは崩壊しています。ですから、私たちはいきなり目的地を目指すことになります。中でも、問題なのが《大森林》と《地下迷宮》です。かなり強力なモンスターがいるという情報があります。人食いの虎とか竜、悪魔なんかが……」
「虎に竜、悪魔……」

《EDEN社》が提供しているブロードキャストの中に、そういう怪物が出てくるものもある。カイトはそれらが嫌いではなかった。しかし、実際に出てくるとなると話は別だ。
イサナも同様なのだろう。暗い顔をしている。カイトも同じような顔をしているはずだ。
そんな中、アイマリンだけが違った。

「きっとなんとかなるよ。そんな顔してないで歌おう」

そう言うと、アイマリンは吟遊詩人の方へと歩いていったのだ。吟遊詩人が演奏を止め、アイマリンと話している。どうやら伴奏をリクエストしているようだった。
アイマリンが歌い出す。それは陽気な歌だった。

「まあ、心配しても仕方ないですね」
「……だな」

アイマリンの歌声を聞いていると、不思議と大丈夫だという気がしてくるカイトだった。

「くそお! なんなんだこれ、キリがないぞ!」

カイトたち三人は森の中を走っていた。イサナによると、ここが《大森林》である。その名に相応しく、昼間でも薄暗い鬱蒼とした森だった。
イサナの予告したモンスターは当然のように現れた。
例えば、今、カイトたちを追いかけている二足歩行の豚である。

「ブヒイィイイ‼︎」
「なんで豚が立ちあがってるんだよ!」
「カイトさん、あれは《オーク》ですよ! 倒してください!」
「名前なんかどうでもいいだろ! 倒すってどうやって!」
「その手の棍棒はなんのためにあるんですか!」

カイトが手にしていたのは村で手に入れていた棍棒である。何も持たず出ていこうとしたら、出口にいた男が「武器も持たずに出かけてはいけません」と三人に一本ずつくれたのだ。

「こ、こうか!!?」

カイトは急に立ち止まると、《オーク》に向かって棍棒を振りかぶる。

「食らえええ!」

カイトの渾身の一撃は……見事に空振りした。
それどころか空振りした勢いで転んでしまう。

「ちょっと、カイトさん!」
「カイト、伏せて!」

アイマリンの言葉に咄嗟に伏せると、アイマリンの放った《波》が《オーク》に直撃した。

「ブヒィイ‼︎」

《オーク》は光の粒子となって消えていく。
この不思議な現象については、イサナが事前に説明してくれていた。

「ここのモンスターは、生き物ではなく大道具みたいなものなんです」
「じゃあ、もしかして安全なのか?」
「本来はそうだったみたいなんですが……残念ながら今ではモンスターに攻撃されたら本当に怪我をしてしまうようです……無限に湧いてくるところなどはそのままなのが性質が悪いですね」
「ダメじゃん……」

無限に湧く、という言葉通り《大森林》に入ってからカイトたちは小さな鬼《ゴブリン》やら、狼やらにしきりに襲撃されていた。
その度にアイマリンに退治してもらっている。
次に現れたのはその《ゴブリン》だった。

「ギギギッ!」
「ああもう! また出てきた!」
「カイトさん、今度こそ頼みますからね」
「大丈夫、私が援護するから!」

イサナとアイマリンの言葉にカイトは破れかぶれになり、棍棒を持って《ゴブリン》へと向かう。

「ああもう、あっち行けよ!」
「ギッ⁉︎」

そんなことを喚きながらカイトは棍棒を振り回す。その攻撃はまたしても当たらなかった。
が、その勢いに驚いたのだろうか。

「ギギギッ‼︎」

なぜか《ゴブリン》はそそくさと森の奥へと逃げていってしまった。

「おお、俺の攻撃にびびって逃げたぞ」
「カイト、すごいね!」
「あの、へっぴり腰の攻撃で? そんなはずが……」

イサナが言うが、それはカイトもそう思う。

「うーん、結局、俺たちの中で、まともに戦えるのってアイマリンだけだよな」
「ふっふっふ、頼りにしていいよ!」

アイマリンは嬉しそうにそう言うが、正直言って情けないし頼りない。

「カイトさん、全然役に立たないですもんね。なんなんですか、あの棍棒は」
「イサナだって同じだろ!」
「私は頭脳担当ですからいいんです‼︎」
「くそ……俺は何担当なんだ……」

そんなことを話しながら、《大森林》を歩いていく。

「しかし、この《大森林》って、どれくらい進めばいいんだ?」
「実はそんなに広くないはずなんです。あくまで当初はアミューズメント用のアセットですから……ただ」
「ただ?」
「未確認情報なんですが、正しい道順で抜けないと、永久に森の中を彷徨い歩くとか」
「……そういえば、見覚えのある景色のような……?」
「あっ、私もそんな気がしてた! あの木ってさっき見なかった?」

アイマリンが指さした木は、妙に節くれだっていて特徴がある。

「そうなんですよね……残念ながら、私も見覚えがあります」

イサナが暗い声で言う。

「どうするんだよ! 思いっきり迷ってるじゃないか!」
「だ、大丈夫ですよ! そのうち抜けられますって。幸い、モンスターはそんなに強くないですし」

その時、どこかから大きな咆哮が聞こえてきた。聞くだけで竦み上がってしまう声は、巨大な怪物の発するものだと直観的に分かってしまう。

「イサナが変なこと言うから!」
「私のせいなんですか⁉︎」
「……! 上よ!」

アイマリンの声に見上げれば、巨大な影が上空から降りてきていた。
翼をはばたかせているそれを、最初は大きな鳥かと思った。しかし、近付いてくるとそれは蜥蜴や蛇に似ている。
何より、鳥としては大きすぎる。何せ、カイトたちが何人か乗れそうなほどの大きさなのだ。

「……竜‼︎」

イサナは、あわわわ、と口を押さえた。

「これは、ここのボスですよ!」
「そう、儂は《大森林》の守護竜ファーブニル。お主ら、何者じゃ‼︎」

なんとその竜は、その体躯に相応しい太い声でそう言ったのだ。

「喋った!」
「喋ったら悪いのか!?」

そう言うと、ファーブニルはカイトたち三人の前に着地する。それだけで地面が揺れる。それほどの体重だった。そのまま、ファーブニルはその巨体をぐるりと回し、太く長い尻尾でこちらを薙ぎ払った。
咄嗟に後ろに飛んで避けることが出来た。アイマリンとイサナもちゃんと避けられたようだった。
ファーブニルの攻撃は結局、横にあった樹へと当たった。カイトが腕を回しても届かないほど太い幹が、簡単に折れて吹き飛ぶ。
冷や汗が流れる

挿絵

(あんなの食らったら、一撃で死ぬぞ!)

俺たちはこの《大森林》で学んでいる。こんな時、頼りになるのは一人しかいない。 そう。

「アイマリン! 頼んだ!」
「うん、任せて!」
「……迷いもなく任せちゃうんですね、カイトさん」

アイマリンは歌いはじめる。
それはアイマリンが本気で《波》の力を使おうとしている証拠だった。
ここに来る途中で教えてもらったのだが、アイマリンは《波》の力を歌によって操っている。さっきの《オーク》に使ったようなくらいであれば、聞き取れないほどのほんのわずかな音節だけで済む。しかし、大きな力を使おうとすればそれだけきちんと歌わなければならないそうだ。
《水晶宮》でイチカゼロと戦っていた時などは、ずっと歌い続けていた。
だが、今。
アイマリンの歌は全く別の力を発揮した。

「……ほう、こりゃいい声だ」

ファーブニルは攻撃を止めてそう言ったのである。《波》を呼び出そうとしたアイマリンは、それに気付いて歌うのを止めた。

「む、止めてしまった。お嬢ちゃん、もうちょっと歌ってくれんかね?」

予想もしていなかったファーブニルの反応にアイマリンは一瞬固まっていたが、すぐににっこりと笑った。

「……うん、喜んで!」

そう言うと、歌いはじめたのである。
カイトとイサナはそれをぽかんと見つめていた。

「もしかして、この竜……いい人なのか?」
「……竜に、いい人っていうのは変じゃないでしょうか?」

イサナの言葉に答えたのはファーブニルだった。

「いい人、で構わんぞ? これでも元人間じゃからのう」
「え?」
「後で詳しく話してやるから、少し待ってくれんかの? 今はこのお嬢ちゃんの歌を聴かせてくれ」
「沢山歌ってあげる!」

そう宣言したアイマリンの言葉通り、しばらくアイマリンの独唱によるコンサートが続いた。たっぷり十曲以上は歌っただろうか。ようやく竜は満足したらしい。

「いやあ、素晴らしかった。《大森林》の守護竜だなんて言っても、今じゃこの森を抜けようとするものもいない。退屈で仕方なくてのう」
「この人間くささ、本当に元人間っぽいな……」

カイトの言葉にファーブニルは頷く。

「そうとも」
「じゃあ、さっきの《オーク》とか《ゴブリン》も?」
「あれは違う。あやつらは非知性体のNPCじゃ。昔は儂以外にも色んなやつらがボスモンスターをやっていたもんじゃったが……みーんないなくなってしもうた」

竜はその大きな爬虫類の瞳で遠くを見つめる。

「この世界のコンセプトは《クオンタイズ》の頃に《ELEUSIA》に統合されたことで壊れてしもうた。……ここだってタクミが作った世界だというのにのう」
「タクミ?」

ファーブニルの独り言は、その巨体のせいで独り言というにはあまりにも大きかった。そのせいで、カイトにも聞こえてしまった。
カイトの反応があまりにも鋭かったのだろう。隣にいたアイマリンがこちらを向く。

「カイト、どうしたの?」
「タクミは、父さんの名前だ」
「お父さんって……捜してるっていう?」

カイトは頷く。ファーブニルはこちらを覗き込む。竜の表情など本来分かるはずもないが、元が人間だからだろうか、不思議とどんな顔をしているのか分かる気がする。
竜は、ひどく真剣な顔になっていた。

「ほう? お主……名はなんという?」
「カイト」

それを聞いたファーブニルは、不思議なことにその答えを予想していたかのように頷いた。

「ふむ。そうか、お主が……」
「俺について知ってるのか? 父さんのことも?」
「すまぬが」

矢継ぎ早に質問をしかけたカイトの言葉をファーブニルは遮った。有無を言わせぬ声色だった。

「すまぬが、これ以上語ることは許されておらぬ。儂の就業規則に違反する、今でもギリギリじゃ……しかし、そうか……ふむ」

ファーブニルはにやりと笑った。そうすると、邪悪な竜が獲物を前にして舌なめずりしているようにしか見えず、カイトはぞっとする。

「お主がカイトなら、儂に対して命じてみればいい。ちょっとしたズルが許されているぞ?」
「命じる? ズル?」
「まあ、頼んでみよということじゃな。お主らの行きたい場所はどこじゃ? 言ってみるがよい」
「私たちは《地下迷宮》に行きたいんです。そこを抜けないといけないんです」

イサナが素早くそう言うが、ファーブニルは困ったように答えた。

「これこれ、小さい方のお嬢ちゃん。儂は今カイトに言っておるんじゃ。……カイト、ちゃんとお主が答えよ。お嬢ちゃんが言ったそのままでいいから」
「そのままでいい? ……あー、その、《地下迷宮》ってところに行きたい……これでいいか?」

竜は笑って、とんでもないことを言った。

「承知した。では、儂の背に乗るがよい!」

ファーブニルの背中は想像したより遙かに快適だった。

「すごい、すごい‼︎」
「ひえっ、高い、高すぎます……‼︎」

アイマリンははしゃいでいる。イサナは高いところが怖いようで、震えながらカイトの服を握っていた。その顔は青ざめ、血の気がない。
カイトはファーブニルに聞く。

「落ちることはないんだよな?」
「無論じゃ。人を乗せるなど随分久しぶりじゃが」
「大丈夫、ファーブニルさんが俺らを包んでくれてる。こんな速度なのに風をほとんど感じないのもそのせいだよ」
「……言われてみれば確かに」
「私の歌に……《波》に似てるかも」

アイマリンの言葉に、ファーブニルは首を振った。

「起こしている現象は近いかもしれんが……歌のお嬢ちゃん。お主の歌は儂の力とは少し違うようじゃがなあ……珍しいものじゃ。そのような力は、儂でも初めて見る」
「そうなの?」
「そうとも。だから儂は慌てて飛び出してきたんじゃ。良からぬものが森に入り込んだかと思うての。そんなことはなかったが……お、あれじゃあれじゃ」

ファーブニルはゆっくりと下降していく。着陸したところは岩の切り立った崖で、そこに大きな洞穴があった。洞穴の入り口には不気味な石像が刻み込まれていた。

「これが《地下迷宮》?」
「……こんなに簡単に着けるなんて」

イサナが呆然と言う。

「ここに来るまでにはもっと長い道のりがあるはずだったんです」
「言ったじゃろう、これはズルなんじゃ」
「ありがとうございます! これで大幅に時間を短縮出来ました」

地面に着いて安心したのか、イサナは随分元気を取り戻していた。顔色も大分よくなっている。

「気をつけるがよい。この先は儂の管轄を超えておるが……儂の知っておる通りなら、なかなかやっかいな奴が待っておるはずじゃ」
「ありがとう、助かった」
「ありがとうございます」
「ありがとう!」

口々にファーブニルに礼を言うとファーブニルは大きな口を開いて笑う。

「また、機会があったら歌を聴かせてくれい。では、行くがよい!」

カイトたちが不気味な洞窟へと入っていくのを見て、ファーブニルも空に飛びたつ。
だから、誰も見ていなかった。
三人が洞窟の中に姿を消したその少し後、一人の影が追いかけるように後からついていったことを。