アイマリンプロジェクト
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第6話 死者の王

「で、ここには何しに来たんだっけ?」

《地下迷宮》を歩くカイトの言葉に、イサナは呆れたように言う。

「ここを抜けないと山脈の向こうに抜けられないんです……って、カイトさん、もう説明しましたよね」
「あー、そうだったそうだった」

「くっ……」
「イサナ、怒らないの。……カイトもちゃんと聞いてあげて」

アイマリンが二人をたしなめる。
とはいえ、イサナもカイトもわざとふざけているだけだった。アイマリンも本気で心配しているわけではないだろう。
肝心なのは、とにかく会話を続けることだった。
そうやって話していなければ、《地下迷宮》の不気味さに押しつぶされそうなのだ。
洞窟の上には、巨大な山脈の岩盤が載っている。
もし、崩れたら。
そんな不安をどうしても感じずにはいられない。

「……洞窟の中、意外と暗くないのな。そこら中にランプがあって」
「かつて《ドワーフ》が作った魔法のランプが今も動いています……という設定なんだそうです」
「よく分かんないけど、助かるね!」

アイマリンの言葉はまさにその通りだった。
よく分からないことだらけだが、助かるのだ。

「助かるといえば、分かりやすく一本道なのも助かるな」
「……問題は、洞窟の奥にいるという《死者の王》ですね」
「ファーブニルが言っていたやつか。あの竜みたいに話して分かってくれればいいんだが、ダメなんだよな」
「はっきり無理だって言ってましたからね」

ファーブニルはこう言っていた。

「気をつけよ。《死者の王》は儂ら森のモンスターとはまるで違う。あれはそもそも、暴走したNPC。言葉など通じず、目に入ったものを破壊するだけの存在じゃ。どうしようもなくて最高難度の隠し《ダンジョン》という設定にして、《地下迷宮》に閉じ込めただけじゃ」
「なぜそんな危険極まりないものを破棄しなかったんですか?」

イサナの疑問にファーブニルは答える。

「それくらいの刺激が求められていたからのう……かつて、この世界には本当の危険なんぞなかったから。たとえモンスターにやられても、単に最初からやり直しになるだけじゃった。しかし《ELEUSIA》と統合されてからは違う。気をつけよ、お主らがここで死ねば、それは知性体としての死を意味する」

カイトにとってはよく分からない。
分かるのは、この先にその危ないやつがいるということだけだった。
《地下迷宮》を歩きはじめてから数時間。
ついにそれはカイトたちの前に姿を現した。
そこは、洞窟の中に突然現れた巨大な空間。山自体に出来た裂け目らしい。上には空が見える。
裂け目には橋がかけられていて、その先には迷宮が続いている。
橋から見える遙か下には、赤い何かが光っていた。

「マグマじゃないですかね、あれ」
「なにそれ」
「高温で溶けた岩です」

これほど離れているのに顔に熱を感じる。

「あれ、触ったら死ぬくらい熱い?」
「あっというまに黒焦げです」
「ォォオオオオオ」

「そもそも、こんな高さから落ちたら死んじゃうよ」
「……アイマリンの《波》で冷やしたり出来ないかな」
「うーん」
「ォォオオオォオオオオオ」
「あの、現実を見ましょう……どう考えても、この橋を渡る以外に道はないですから」
「ォォォォォォオオオオオ‼︎」

さきほどから不気味な音を立てているのは、橋の真ん中にいる巨大な骸骨だった。大きな青い炎が空っぽの眼窩で不気味に輝いている。
よく見ると、巨大な骸骨は通常サイズの人骨がいくつも集まって形成されているようだった。

「どうみても《死者の王》って感じだな」
「あれをどうにかして、橋を渡れ……ってことだよね?」
「そうでしょうね」

カイトはその巨大な骨に話しかけてみる。

「あのー」
「ォォォォオ……」
「良かったら、お願いがあるんですけど」
「ォオオオ……」
「ここ、通してもらえませんかねー?」
「ォォォオオオオオオ……」
「話を聞けよ、骨!!!」
「ォォオオオオオ!!!!」

挿絵

《死者の王》が襲いかかってくる。突如、その身体を形成する骨の一本をこちらへと飛ばしてきたのだ。
骨を慌てて避けながら、イサナがカイトを非難する。

「ファーブニルさんに話しても無駄だって言われたのに、どうして話すんですか!」
「いや、やっぱり試してみないとかなって」
「無駄に怒らせただけじゃないですかあ!」

馬鹿な会話をしているカイトとイサナをよそに、アイマリンは小さく歌い、《波》を呼び出す。

「アイマリン、任せた‼︎ もう俺に出来ることは何もない!」
「偉そうに言うことですか!」
「分かった、任せて!」

アイマリンが《波》を放つ。《死者の王》はそれを回避する。
その時、背後から飛来したものが《死者の王》に直撃した。
《死者の王》に悲鳴を上げさせたのは、力強い《波》。
見覚えのある光にそれを放ったのが誰か気付き、アイマリンが叫びを上げる。

「イチカゼロ!」
「捕縛対象アイマリン。……だから、なぜ私の名前を知っている?」

カイトたちの背後から現れたのはイチカ……《水晶宮》を襲撃してきた《S_N》の少女だった。

***

イチカは右手に《波》の刃を形成する。

「うわあ、私あれ苦手……」

アイマリンが思わず、といった様子でこぼした。前回戦った時に散々苦しめられたことがトラウマになっているらしい。
アイマリンの気持ちなど知るはずもなく、イチカは刃を構え、斬撃を放つとそれを追うように突進する。
イチカの鋭い攻撃をアイマリンは素早く躱す。以前の戦いと違い、アイマリンに動揺はない。

「……避けないでほしい」
「そういうわけにはいかないでしょ!」

イチカは体勢を立て直し、追撃を放とうとするが。

「ォォオオ!!!!」

それを邪魔をするものがいた。《死者の王》だ。《死者の王》からすれば、獲物はアイマリンだろうがイチカだろうが変わらないということなのだろう。乱入者に向け巨大な骨の腕を振るう。

「!!!」

不意を打たれつつも、《波》を使った機動で《死者の王》の攻撃を避けるイチカ。

「隙あり!」

そこにアイマリンが《波》を放つ。反射的に身を反らし、イチカはその攻撃も避けた。
アイマリン、イチカ、《死者の王》の三者がジリジリと睨み合う。
カイトとイサナはそれを、橋の入り口に設置してある大きな石の陰にこそこそと隠れて窺っていた。

「カイトさん、あのー」
「どうした、イサナ」
「私たち、こうやって隠れてていいんですかね?」
「……あれを見ろ」

橋の上で繰り広げられている戦い。
今度は動いたのは《死者の王》だった。巨大なその腕が襲いかかった相手はアイマリン。
アイマリンは油断なくその攻撃を避ける。しかし、そのことによってどうしようもなく生まれる隙。それをイチカは見逃さない。素早く《波》の刃を形成し斬りかかる。
だが、その行動はアイマリンも予想済みだ。瞬間的に《波》をイチカの顔へと向かって放ち、もう一度距離を取る。
イチカはそれを反射的に避けた。
イチカの行動はそれだけでは終わらない。
そのままの動きで《死者の王》へと刃を振るったのだ。

イチカの斬撃が《死者の王》へと飛ぶ。

「お前は任務の対象外。……だが私の邪魔をするなら、排除する」

《死者の王》にとって、イチカの攻撃は想像を超えていたらしい。避けることが出来ず、それは骨で出来た身体を直撃する。
《死者の王》を形成する骨の一部が大きな音をたてて飛び散る。
だが、それだけだった。

「……何⁉︎」

目を見ひらくイチカ。
《死者の王》から飛んだ骨はふわりと浮かびあがると、再びその身体へと結合したのだ。
元通りになる《死者の王》。ダメージを食らっているようには見えない。

「あんな戦いに、俺たちが参加できると思うか」
「だけど、アイマリンさんだけに戦わせるというのは……《水晶宮》であのイチカってやつと戦った時はアイマリンさんの方が不利でした。《死者の王》もいる……このままではまずいですよ!」

カイトの言葉になおも納得出来ない様子のイサナ。

「イサナの言うことはわかる。でもな……この棍棒だぞ」
「はい?」

カイトは手に握ったものを掲げた。

「俺たちにあるのは、この棍棒だけだ。……あんな怪獣大決戦に俺たちが手を出せるか‼︎ 反論があったら言ってみろ!」
「言ってることは正しいと思いますが、どうしてそんなに自信満々なんですか……言ってる内容は情けないのに」

呆れた様子で言うイサナはキッとカイトの目を見る。

「私たちが出来ることを考えるべきですよ!」
「あるかな、俺たちに出来ること」

カイトは首を傾げるが、その脳裏にふと閃くものがある。

「……いや、待てよ、思いついたぞ」
「本当ですか!」

イサナはカイトを期待に満ちた目で見上げる。

「《死者の王》に話は通じなかった。だけど、今、もう一人……イチカには少なくとも言葉は通じている……」
「つまり?」
「俺はあの……イチカゼロを説得する!」
「……そんなこと出来るんですか? あの人《S_N》ですよね? 説得とか無理じゃないですか?」

疑いの目で見てくるイサナ。

「他に出来ることないしなあ……ダメ元で話してみようかなと」
「そこはダメ元なんですね……」
「話しながら隙でも出来たら、アイマリンが倒してくれるかもしれないし」
「情けない上にちょっと卑怯」
「うるさいな、俺は俺に出来ることをやるんだよ! 万が一うまくいったら『流石カイトさま!』って言えよ」
「なんなんですかそのノリ‼︎ そもそも自分で万が一、って言ってるじゃないですか」

カイトはすっくと立ちあがると、激しい戦闘が途切れ、再び睨み合いをはじめた三者へ向けて大声を出した。

「おい! イチカゼロ‼︎」

カイトの言葉に、剣は油断なく《死者の王》とアイマリンに向けたままイチカゼロが視線だけで振り向く。

「……捕縛対象その二。なぜお前まで私の名前を知っている?」
「なんか失礼な呼び方だが……いや、あんたが自分で言ってたじゃないか。あの、変てこな時計だらけの場所で」
「時計だらけの場所?」

イチカゼロは本当に分かっていないらしい。 

「記憶が消えてるみたい」

アイマリンの言葉に、カイトは本気で首を傾げた。

「会ってから一週間くらいしか経ってないぞ?」
「……どういうことだ? 説明しろ」

イチカがカイトとアイマリンに問う。
《死者の王》は先程攻撃を食らったせいだろうか、警戒してるようで仕掛けてくる様子はない。アイマリンとイチカが話しながらも気を抜いていないせいだろう。

「少し前にあんたと会ったんだよ。あんたはイチカゼロだと名乗り、『私は誰』とか変なことを聞いてきた。だから、あんたはイチカゼロだと答えてやった……本当に覚えていないのか?」
「私は覚えていない……何故だ?」

無表情なイチカだったが、その瞳にははっきりと狼狽の色があった。
それに答えたのはイサナだった。

「《EDEN 社》に決まってます。私たちの記憶を一年で封じ込めているのもあいつらです。貴方は同じことをされているんです。なぜ味方であるはずの《S_N》の人間にそんなことをするのかは分からないですけどね」
「私は《S_N》ではない。ただ手伝っているだけだ……《S_N》を手伝えば、私は自分のことを教えてもらえることになっている」

イチカの言葉にカイトは首を傾げた。

「おかしくないか? じゃあなんで、あいつらはあんたの記憶を消したんだ?」
「……可能性が二つある」

イチカがカイトを見つめる。その瞳には迷いがあった。

「一つめ。隊長たちは嘘をついていて、私の記憶を消した。理由は不明。二つめ。捕縛対象その二の方が嘘をついている……私にはどちらが正しいのか判断する材料がない。故に、判断を一旦保留し」

イチカは再び刃を構えた。
《死者の王》に向かって。

「優先的に邪魔者を排除する」
「それは、私と一緒にあの骨を倒そうってことだよね?」
「……肯定、共闘を要請する」
「もちろん、オッケーだよ」

アイマリンとイチカが並んで、《死者の王》の方を向く。
二人は同時に《死者の王》へと攻撃を仕掛けた。
イサナはそれを呆然と見つめていた。

「うそでしょ。うまくいっちゃった……?」

「んー? どうしたのかな、『無理じゃないですか』とか言ってたイサナさ~ん?」
「いえ……その……」
「んー? んんー? 俺に言うことあるんじゃな~い?」
「ドヤ顔うっざ……そもそも私、言うって約束してませんし」

「あれ、そうだっけ?」
「そうです。そもそも、まだ説得しきれたわけじゃないですし」
「じゃあ、本当に説得しきれたら言うって約束しろ」
「……まあ、いいですけど」

カイトとイサナが暢気な会話をしている間にも、戦いは続いている。
二対一となり、アイマリンとイチカの攻撃が当たることが多くはなった。しかし、それはすぐに回復されてしまう。終わりの見えない戦いに二人は疲労を覚えはじめた。

「……攻撃の有効性に疑問がある」
「全然効いてる感じがしない」
「再生速度を上回る速度で攻撃すべき」
「でも、そうするとこっちが隙を見せることになる」
「……邪魔者に構っている時間はない。私には検討すべき事項がある」
「イチカ……もしかして焦ってる?」
「私が自分のことを知るのを邪魔するならば、容赦はしない」
「焦りは禁物だよ!」

アイマリンの言葉を聞かず、イチカは《死者の王》へと突進した。
慌てて追いかけるアイマリン。
イチカの激しい攻撃で《死者の王》が体勢を崩す。
イチカはそこに勝機を見たようだった。

「……決める」

イチカは《波》を右手に集めると、巨大な刃を形作る。
イチカの全力だった。
だが、アイマリンは叫ぶ。

「ダメ‼︎」

「ォォォオオオオオオ!!!!」

《死者の王》の身体を組み上げる数多くの骨。それが爆発するように飛び出したのだ。
カイトたちが知るはずもなかったが、それは《死者の王》の必殺技……今まで数多くの挑戦者を葬ってきた切り札だった。
イチカの攻撃に対し、《死者の王》……プレイヤーの破壊だけを目的として動く暴走したNPCのとった選択。
それはたとえ自分が攻撃を受けても敵を破壊することだった。
数百の骨片が凄まじい勢いでイチカを襲う。

「しまっ――」

攻撃に全力を傾けていたイチカはそれを避けることが出来ない。
イチカの巨大な斬撃が《死者の王》に直撃するのと、《死者の王》の攻撃がイチカを襲うのは同時だった。

「……‼︎」

《死者の王》が倒れ、同時にイチカは吹き飛ばされる。幸運にも、橋から落ちることはなかった。

「イチカ‼︎」

アイマリンがイチカへと駆け寄る。
一方、《死者の王》もまた無事ではない。
頭蓋骨に当たる部分の大半が消し飛んでいる。こうなると、再生も流石に追いつかないようだった。
それでも、《死者の王》は少しずつ再生していく。

「……! カイトさん、今なら!」

イサナの言葉と視線に、カイトも気付く。
そもそも《死者の王》を倒すのは目的ではない。この橋を通り抜けられればよいのだ。
今なら、《死者の王》に邪魔されずに通ることが出来る。
カイトとイサナは橋の上へと駆け出す。

「アイマリン、その骨は放っておいて、先に進むぞ!」
「待って、イチカが!」

イチカは意識を失い、全身に傷を負っていた。

「グゥオオオオオオオオ!!!!」

その時突如、崩れたままの《死者の王》が叫びを上げる。
そして、その声に呼応するように橋の遥か下から轟音が聞こえはじめた。

「なに、この音」

轟音はどんどん大きくなり、カイトたちの足元が揺れはじめた。

「……地震?」
「なんか、やばいですよ! 早く逃げましょう!」
「そうだな。アイマリン、そっちの肩を」

カイトとアイマリンで意識のないイチカを持ち上げ、歩きはじめる。
その間も《死者の王》の叫びと揺れは続いている。

「ああああ、あれ‼︎」

橋を渡りきった時、イサナが下を指さす。 
遙か下にあったマグマが激しく沸きたっていた。
それだけではない、急激にその「水位」が上がっているようだった。

「……あれ、めっちゃ熱いんだっけ」
「急いでここを抜けないと、焼け死にます!」
「やべええ!!!」

一行は慌てて走り出した。その振動のせいだろうか、いつのまにかイチカが目を覚ましていた。

「足手まといだ……置いていけ」
「そういうわけにはいかないだろ!」
「……私はお前たちの敵だ」
「黙ってろ、そういうのは、《地下迷宮》を出たら聞く‼︎」

***

「うわあ……」

なんとか《地下迷宮》を抜けたカイトたちは、今通ってきた山の頂を見つめていた。
ちょうど《死者の王》と戦っていたあたり……その上から真っ赤な何かが吹き出していた。

「噴火、してますね」

「危なかったね……《地下迷宮》も埋まっちゃったみたいだし」

山頂から噴き出してきたものはイサナの言う通りに溶けた岩のようだった。すぐに冷えて固まったのだ。それは、たった今抜け出してきたばかりの《地下迷宮》の入り口を塞いでしまっていた。

「……なぜ助けた」

イチカが言う。
アイマリンとイサナがカイトの方を向く。

「なんで俺を見る?」
「こういうのは、カイトが向いてるかなって」
「私は頭脳担当、アイマリンさんは戦闘担当……会話担当はカイトさんです」
「そういうことになったのか……まあいいけど」

ふう、と溜息をついてカイトはイチカに向きなおる。

「助けたのはなんとなくだ」

「なんとなく……理由になっていない」
「普通助けるだろ!」
「普通とは一体どういうことだ? 私には普通が分からない」
「ああもう……なんか理由つけないと納得しないのか、こいつ」

カイトはうーん、と悩み。
我ながら適当だな、と思いながら口にした。

「分かった! じゃあ、お前に仲間になってほしかったから、ってことでどうだ‼︎」

「……仲間?」
「あんた強いし。一度共闘したし、味方になってくれたらラッキーかなって」
「それは……私に《S_N》を裏切れということか?」
「まあ……そういうことになるかな? そこまで考えてなかったけど」

そう言うと、イチカは黙り込んだ。カイトの言ったことを考えているらしい。

「カイト、ぽろぽろ本音が漏れてる」

「会話担当なんですからもうちょっと頑張ってくれないと」
「うるさいなー」
「……私は」

イチカが話しはじめたのでカイトは口を閉じた。

「自分が誰なのかを探している。カンディルは《S_N》を手伝えばそれを教えると言った」
「カンディル?」
「《S_N》の長官です。……私たちの敵の親玉みたいなもんです」
「なるほど」
「しかし、お前たちの話を信じるならば私の記憶は《S_N》によって消されているらしい……それはおかしい。それでは、私はいつまで経っても自分が誰なのか分からない。お前たちが嘘をついている可能性はある。しかし、お前たちは私を助けた……その理由を、今、お前は仲間にしたいからだと言った」
「適当ですけどね」
「イサナ、邪魔するなよ」

幸い、イサナの声は小さく、カイトにしか聞こえなかった。

「仲間に対して嘘をつく可能性は低いと私は判断する。ならば、嘘をついているのは《S_N》だということになる。それから、もう一つ」
「……?」

イチカに視線を向けられて、アイマリンは首を傾げた。

「アイマリン……君は私のような力を使う。君は何者だ。……それは、私が何者か、という問いの答えにもなるかもしれない」
「うーん……それは私も覚えてないんだよねー……ちょっと気になってるんだけど

「ちょっと? ……ちょっとなのか?」
「まあ、そのうち分かればいいかなって。私は、楽しく歌ってられればそれでいいしね」

アイマリンの気楽な答えにイチカは驚いたようだった。

「……そのような考えもあるのか」
「だって、みんなもそうでしょ?」

アイマリンの問いに、カイトとイサナは頷いた。

「この《ELEUSIA》では誰も一年以上の記憶を持ちません。例外は私の知る限り、アイマリンさんだけです。《S_N》の上層部などは長期の記憶を持っている可能性が高いですが。そして、私たちは、それは《S_N》……《EDEN社》の仕業ではないかと考えています」

イサナの言葉に、イチカは再び考え込む。
しばらくして、イチカは答えを出した。

「いいだろう……お前たちについていくことにする。《S_N》は信じられない」

その言葉に、カイトは頷いた。

「よろしく、イチカ……で」
「うっ……」
「これ、説得成功だよなぁ? イサナさぁん?」
「うざっ……ドヤ顔うざっ」
「何か、俺に言うことがあるよなぁ……」
「く、くそっ……変な約束しちゃった……」
「頭脳担当のイサナさんは約束も守れない人なんですかねえ?」
「……すが」
「んー? 聞こえないなあ?」
「さ、流石ですっ!!! カイトさま!!!!」

イサナは顔を真っ赤にしている。
イサナとカイトの会話に、イチカが首を傾げる。

「……これはなんだ」
「私にも分からない……かな?」

あはは、と笑うアイマリン。
イサナは気を取り直すと、赤い頬のまま、大声で宣言した。

「さあ! いよいよ、目的地の《遺跡》ですよ!」